大田区マンション管理士会

マンションのインテリア

 8月10日酷暑、上野の東京都美術館に展示されている椅子に座ってきました。
 「フィン・ユールとデンマークの椅子」という展覧会ですが、主に椅子の展示ということで、実際にユールを始めその時代のデンマークの代表的なデザイナーの椅子に座って体感ができ、撮影制限もユルかったです。ユールだけに。

 このホームページへお問合せを戴いた方のご自宅訪問時、120㎡超の専有面積のリビングダイニングに極厚無垢材ウオールナット(胡桃)のテーブルと成形のイスが素敵で刺激を受け、この展示会に出かける気になったのです。

 フィン・ユールが活動した頃のデンマークではバウハウスの影響を受けつつも、1940~60年代、独自のスタイルが生まれ現在に至ります。
 伝統の木工技術の温かみを活かし、シンプルで機能的であっても個性のあるデザインが生まれました。

 展示会での説明はありませんでしたが、8世紀~北欧バイキングは頑丈な船を駆使して、北海やバルト海沿岸、北アフリカまで遠征していました。険しい陸地の移動よりも、港から港へと多くの物を運ぶことができる船が便利で、交易また戦争にも使われた結果、早い時期から造船技術の発達がありました。
 17~19世紀デンマークも世界各地に植民地を持っていました。
 アジアからは、油分を含み船の材料に適したチーク材が運び出されました。チーク材は英客船クインエリザベス号のデッキや内装にも使われています。

 アジアの原住民を酷使した高級木材の伐採、富の収奪は、先の大戦で同地への日本軍の侵攻で終わります。終戦後のアジア諸国は欧米の植民地支配から独立開放へと向かいました。
 その木材は熟練の船大工の技術を基に、時代に適応した家具デザインに活かされ、現在のデニッシュモダンの地位を確立させました。
 ハンス J. ウェグナー、アルネ・ヤコブセン、ボーエ・モーエンセン(ボルゲ・モーゲンセン)等々、垢ぬけて現在でも通用するデザインは卓越した船大工の伝統技術が基になっていたのですね。

フィリッツ・ハンセン社の
SKAGERAKのアウトドア家具

 現在のチーク材は後に植林されたものや、チーク材のようなチークがほとんどです。そのためチーク材に限らずフィン・ユールの頃に作成された作品はビンテージ家具と呼ばれています。
 同様に船の材料に適したマホガニー材(センダン科・桃花心木・主に中南米)がありますが、乱伐され希少木材になっています。こちらもセンダン科ではない似た木材に〇〇マホガニーという名をつけて販売されています。
 不動産の世界で、長野県の旧軽井沢と中軽井沢ならともかく、気候も街道の文化歴史も違う東西南北、奥と新軽井沢が別荘地として新たに命名されるのと同じですね。北軽井沢、東軽井沢、奥軽井沢の住所は群馬県なので、ちょっとやりすぎ。ww

Fritz-Hansen-Tokyo 1872年創業 デンマーク家具ブランド、フリッツ・ハンセン社


 話が飛びますが、大阪・京都・神戸の山の手を走る阪急電車の内装はマホガニーの木目柄(FRPにプリント)です。座席はグリーンの別珍風の生地を使用して、上品にさらっと落ち着いた高級感を演出しています。最近の九州を走る豪華列車の内装は、どれもが安っぽくデコった成金趣味でいただけません。九州と京阪神の精神文化の成熟度の圧倒的な違いでしょうか。ただ、その利用者の多くが九州の人ではなく他県の人です。

 ナナ・ディッツエルというデンマークの女性のデザイナーはご存じですか、1923年生まれというと関東大震災が起きた年ですね。(大正12年)
 ユールに影響を受けたナナさんのこの椅子のシリーズが2014年の日本のグッドデザイン賞を受賞???どういうことでしょう?
 実は、このナナさんの1952年のデザインを完コピ盗作をして、「私がデザインしました。」としてグッドデザイン賞を受けたのが多摩美術大学教授の深澤直人氏です。しかもグッドデザイン賞の審査委員長がその本人というから面の皮が厚すぎ、日本にはまれに見るパクリの大物ですね。

ナナ・ディッツエル ND-01(Nanna Ditzel 1952)
フィン・ユールに刺激を受けたデザインです。

 多摩美の教授には佐野研二郎氏、あのオリンピック公式エンブレム盗作疑惑のツワモノも健在です。
 私は中国や韓国の人が、日本のアニメキャラクターを丸パクりするのをバカにしていましたが、日本の美大の現役教授がこれでは情けないですね。 
 お題から逸れてしまいましたが、インテリア関連情報は別の機会でも提供いたします。
松尾好朗

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