目立つTele Workゴミ


 中規模のAマンションにおいても、自宅で仕事をする人が増え、中年のおじさんが朝、部屋着でポストを覗いたり、若いパパが子供の幼稚園バスを見送ったりする光景は日常になりました。
 収集日前の山積のゴミ袋の中、シュレッダーゴミが入った大きな袋を見つけました。袋の中には半分しか入っていないのに、空気でパンパンに膨らんでいる袋をよく見かけるのは何故でしょうね?大きな会社のお嬢様社員がゴミ捨てするとこんな感じです。私だったらまだ入るからと目いっぱい詰め込んで、重くて袋を破いてしまうタイプです。(悲)

フレデリック・チャイルド・ハッスム
『雨の夕暮れ』1893年、個人蔵

 出された量から想像するとシュレッダーマシンが部屋にあるのでしょう、自宅に持ち帰っているような資料は社外秘ではないと思うのですが、誰も見てないところでもシュレッダーにかけるところが日本人的ですね。
 複合マンションでは、事務所や店舗から出されるゴミは事業用のゴミとして、区の収集とは別に戸別に専門回収業者と契約しています。
 住居専用のAマンションは区の清掃事務所(又は委託業者)の収集だけになります。

 とすると、このシュレッダーゴミは家庭から出たゴミではなく事業用ゴミとして処分しなければなりませんね、勤務先から自宅へ紙の資料を送り、要らなくなってシュレッダーにかけたものは、もう立派な事業ゴミへと出世します。(笑)
 とりあえずの問題(実害)は、そのパンパンに膨らんだシュレッダーゴミが収集時に破けて、風で街中に舞い地面にこびりつくという非常に厄介な代物で、何日間もそこら中に残ります。
 これを復旧する労力を考えると、本当にシュレッダーにかけないといけないのか、個人レベルの量なら資源リサイクルにして欲しいと思います。

 シュレッダーで繊維を細かく切り刻んだ紙はリサイクルの対象にはなりませんので、紙なのに燃やすしかありません。
 中国からの荷物の段ボールも、硬質なチップや木の粉末が混入してリサイクルできないものがあります。
 また、何故か段ボール箱をミイラの様にビニルテープでグルグル巻きにして送ってくることがありますが、こんなのは収集されても燃やされてしまいます。

フレデリック・チャイルド・ハッスム
「雨の夜」(1890)_Rainy_Midnight

 紙・段ボール類、アルミ缶のリサイクルは成り立っていますが、プラ、ペットボトルなどはサーマルリサイクル(熱エネルギー利用)として実際はほとんど燃やされるので分別収集とは、遠い未来の意識の習慣付けにすぎないのが残念なところです。

 温暖化防止、CO₂削減、脱炭素社会などの言葉を掲げてモノいえば、何でも正義という世界的な風潮があります。
 その背後には環境ビジネスと呼ばれる巨大なマーケットを先に支配しようと狙う国や企業が存在します。中には少女を使った演出で主導権を取ろうとした企業に、ノーベル賞間違いなしと日本のマスコミが騒いでいたのが情けないです。

フレデリック・チャイルド・ハッスム
「ボストンの夕暮れ」1885–86

 数年前ですが、屋上にソーラーパネルを設置し、作られた電気を売って料金を節約したいという希望が、多くのマンションからありました。
 初期投資の費用の元を取るまで何十年間、更に定期的な機器メンテナンス費用が加わり、屋上防水などの保守費用の数字示すと大赤字なので、広くもない屋上での実現はほぼ不可能ということがよくわかっていただけます。

フレデリック・チャイルド・ハッスム
《ボストン、コロンブス通り》(1886年)

 新築マンションでウリの目玉として設置されたこともありましたが、故障してから業者が倒産、維持できずに産廃費用も高額で、危険な状態で放置されている例があります。また、災害時に役に立つと勘違いされているのが発電機ですが、共用照明の一部を点灯させる程度で、エレベーターや給水ポンプは作動できません。

 マンションにも到来する環境(温暖化)ビジネスに対して、管理組合は業者に操られたりマスコミに踊らされたりしないよう正しい判断ができるように準備してほしいと思っています。
 ソーラーパネル、屋上緑化等はプラス面を見てしまいますが、維持する覚悟(効果以上の支出)がないと自己満足に終わり、3年後には骨董品の金食い虫になっているのが想像されます。

 アメリカの画家、フレデリック・チャイルド・ハッスムという画家の作品を挿絵に使わせていただきました。風景画とは異なる光景、心にとめた記憶の情景を描きとめて印象に残る作品を描き上げました。
 人が天候の変化に抗うことなく自然に生きていることに何か想像力を掻き立てるものがあるのでしょうか、雨や雪の作品が多いのも特徴です。
 このゼラニウムの絵のように、焦点が3カ所(花、女性、ジョウロ)ある作品は、どのような設定なのか本人から解説を受けたくなります。
松尾好朗
 

「ゼラニウム」(1888)Childe_Hassam,_Geraniums

Unsplash



 

 
 
 
 

市街地再開発に今さら反対って?

 以前にも紹介させていただいているAマンションが建つ地区の再開発計画での最近の話です。
 同じ計画区域内のマンションの居住者が、対象区域にあるマンションの居住者へ「再開発計画に反対しよう!」という内容のビラを配布しました。
 人それぞれ立場や考えが違うので、反対する人がいても不思議ではありません。しかし、そのビラの内容には根拠がなく、不安をあおるウサン臭い文言が並んでいます。

 その内容を要約すると、「この町から追い出されます。」「建替え後のマンションでは、今より部屋が狭くなります。」「税金が2倍、管理費・修繕積立金が高くなるので年金生活者は払えなくなります。」「部屋を強制執行で追い出されて路頭に迷います。」「建替え後に入居しない高齢者は住居の保証人が立てられません。」「仮住まいと2回の引越しは高齢者には過酷です。」「賛否の票が戸建ては1戸1票なのにマンションは1棟で1票なのは権利の侵害です。」等で、そのため再開発計画に反対しようということでした。

「平泉金色堂(絶筆)」
木版画 川瀬巴水

 計画を知らされてから10年以上経っているので、今さら何?感を持たれた方が多いと思います。
 事業の目的に防災機能の強化がありますが、この地区は増改築を重ねた古い木造建物が密集(多数の狭小敷地に低層老朽建物)し、その中で数多くの権利が複雑に絡み合い(土地利用が細分化かつ不健全、土地の合理的で健全な高度利用と都市機能更新)、道幅が狭く(道路等未整備・2項道路)、緊急車両が進入ができない場所がある等、個人の力では、にっちもさっちもない現場です。

「東京二十景」より 『芝 増上寺』
川瀬巴水

 また、当マンションは旧耐震基準の建物ですので、資産を維持して安全に住み続けるためには、耐震診断のうえ、必要な耐震補強工事が必須です。さらに周期的な大規模修繕工事、そして将来の建替え計画を始めなくてはなりません。

 マンション単独の建替え計画においては、現状の容積率では増床ができないため、増えた部屋を分譲して生まれる売却益を建築費に充てることができず、解体費用も新築費用も全額を区分所有者が負担することになります。全部屋をワンルームに変更しても採算が合いません。

 更地にした土地の価格は、建物の解体費用にも満たないこともあります。

 高齢者であっても再開発による建替えは、自己の負担なく良質な資産を残せることを魅力的だと思わないのでしょうか、永遠に住み続けられるところなどありません。


 建替え後は高層化による敷地割合の減少により税負担は少なく、管理費・修繕積立金は、無駄の多い初期設定の減額整備は管理組合の努力で変更できます。
 古い建物設備を社会的水準を保って維持管理するのはストレスも生まれ、各戸負担金が高額にならざるを得ません。
 マンション1棟で1票であることは法(都市再開発法第20条)の通り、土地が対象ですので土地の共有者全員で1票です。ここで決めたかのように権利の侵害というのは場違いです。

「東京十二題」より
『冬の月(戸山の原)』
(大正9年)川瀬巴水

 計画に反対しても具体的な代案がなければ多くの人の賛同は得られないでしょう。

 老朽化して荒れたマンションにはオーナーは住まず、コミュニティーは無くなります。
 家賃は下がり、修理のために管理費・修繕積立金等は上がるという負の循環で、放置すると未収金が目立ち始め、賃貸も「不利な人」=審査なしの外国人等が住むようになり、スラム化の始まりです。こうなってしまうと次世代へ負の遺産を残すだけです。

 大田区の南馬込と上池台に住んでいた日本画家・版画家である川瀬巴水(かわせ はすい)
の版画を挿絵に使わせていただきました

「東京十二題」より『深川上の橋』
川瀬巴水
「旅みやげ第二集」より『大阪 道とん掘の朝』
(大正10年) 川瀬巴水

以上
松尾好朗

良いルールは自然発生する。

 マスクが日常になってしばらくの頃、ある地方の美術館を訪れました。
 私は特設展が目当てでしたが、常設展には地元の画家を中心にした絵画をはじめ、工芸品や甲冑武具等の展示もあり、美術館と歴史博物館を兼ねているようです。
 建物は地元出身の建築家が設計と紹介され、打ち放しコンクリートとステンレス、それに大きなガラスのデザインは、この辺りでは目立ちます。
 要望が多かったのか、外観には少し盛りすぎ感がありますが、肝心の展示スペースは導線がよく、集中して鑑賞ができました。

 エントランスドアの真上には庇も雨樋も無くて、強い雨の日は出入りに支障をきたすようで、地元工務店さんがそこだけに雨樋を後付けせざるを得なかったところに地方なりの苦労を見せられた気がします。
 後付け感が満載で、どうしてもそこに目が行ってしまいます。(笑)
 館内には、オープン時はきっとオシャレだっただろうと思えるカフェがあり、オバサマ店員にポットのお湯で堂々とモンカフェを淹れていただきました。(感染防止対策もあったと思います。)
 地方のセンスをからかっているわけではありません。独自の地方色を期待しますので、運営はソフトメンテナンスにも目を向けて、予算を付けてほしいと思いました。

ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント
東京都美術館

 しかしそのカフェには、平日のガランとした展示スペースに比べ、意外なほどの多くの人が、小グループに分かれアクリル板越しに談笑したり、一人でお茶をしている穏やかな風景がありました。

フィンセント・ファン・ゴッホ
《花咲くマロニエの木》1890年5月22–23日

 ほとんどの人が地元、近隣の高齢者です。常設展は入館無料ですので、 散歩のコースでしょうか、三々五々入れ替わりにやってきます。
 外来訪問者をすべてに優先、美術館に直結しているので大声で話さない騒がない、感染者が少ない地域ですが距離を取って座るという当たり前の制限ルールが自然発生して良く守られています。
 そこは、とても心地良い安心できる空間に感じました。
 マンションの居住者の高齢者対策(サービス)については、色々提案されていますが、この美術館のカフェが持つ空間はとても参考になります。
 
 

 お仕着せの娯楽等を嫌う高齢者は多いと感じています。しかし、孤独を恐れ、人恋しい、聞いて欲しい、かまって欲しい時もあるでしょう。その環境では、提供側が良かれと思っていることが、かえって相手にストレスを与えたり、マンネリ化していることもあると思います。
 マンションに集会室がある場合、開放した場合に何ができるのか、何が自然発生するのか探ってみたい気持ちがあります。
 一定の制限があるほうが、リラックスできるという理由を探るのも興味深いですね。

 上のポスターの通り、東京都美術館のゴッホ展は12/12までです。
 ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント
 Collecting Van Gogh: Helene Kröller-Müller’s Passion for Vincent’s Art
 ゴッホ展ですが、ゴッホだけではありませんよ。
 今回見逃すと後悔する作品がこちら2点です。

ジョルジュ・スーラ
《ポール=アン=ベッサンの日曜日》1888年
オディロン・ルドン
《キュクロプス》1914年頃

 スーラの作品は変色を恐れて海外貸し出しはめったにありませんので間近で鑑賞できるのは貴重です。
 もう一点ルドンの中で最も印象的な作品です。まさかこの目玉さんの方から日本にやってくるとは奇跡です。
 ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじや進撃の巨人に影響を与えたかどうかは知りません。
 一度見たらあなたの心に棲みついて、トラウマになるかもしれませんので、鑑賞する場合は自己責任でお願いします。(笑)
松尾好朗