管理会社に嫌われる管理組合(その1・あてうま)

 11月20日(日)の無料相談会の案内はこちら

 すごくいいと思うんだけど高くてムリムリと、個人(一戸建て)ではあきらめてしまうようなお金のかかる改修工事でも、マンションの場合(共用部分)は、区分所有者の皆で積み立てているお金で実現することができます。戸建てに比べて個人負担が格段に少なくて済むのは、マンション生活の大きなメリットですね。

 もちろん実現には定められた割合の合意を受けてからですが、利便性能の高い最新設備機器の導入など先進性のある生活環境を享受できます。また、これらによる資産価値の向上が期待できます。
 長期修繕計画に基づく定期的な工事だけではなく、陳腐化したデザインや生活スタイルの変化、新世代からの要請による改良、新設が必要になることがありますね。

小林清親「江戸橋夕暮冨士」

 何が何でも節約するという管理組合は、外から見ても貧相で窮屈です。なんで修理しないの?というところが目立ってしまい、自ら資産価値を落としていると感じることがあります。その部屋を借りる場合も、是非ここに住みたいという気持ちにはなりません。

井上安治「銀座商店夜景」

 表題の管理会社に嫌われる(信頼されない)組合役員の特徴は様々ありますが、一つの例を紹介します。 
 中規模で商店街にも近いAマンションでは、近隣住民との交流がよく行われていますが、そのサークルなどの活動場所の公営施設が建替え工事のため代替場所を探していたところ、放置同然のAマンションの集会室に白羽の矢が立ったのです。

 そこで管理組合は老朽化した集会室の改修、運営プランを管理会社へ依頼しました。
 予算は総会で「およその費用」を計上しておき、計画の承認を得たのちに理事会と修繕委員会が具体化することとなりました。
 その「およその費用」とは、管理会社(と協力会社)が利用希望者へ取材する等の現場調査、数量や仕様・仕上げ等を計画して見積もったところの工事金額です。
 中には運動系サークルの活動予定もあり床の補強、メンテナンス性の高い仕上げ材料、安全性、演色性のある照明、省エネ空調設備などが計画提案されていました。

 改修工事の実施には、管理会社を含む数社へ見積もりを依頼して、比較検討後に1社へ発注するのですが、役員の一人が管理会社から先に提出された見積もりを知り合いの業者に見せて、「これより安くしてね」とフェアではない方法で行われたようです。
 これは後出しジャンケンですね、商習慣上許されません。

小倉柳村「向嶋八百松楼之図」

 そのうえ仕様・仕上げのグレードを勝手に落としていましたので、公平性はなく見積もり金額は下がって当然です。
 総会の報告でその役員は、「管理会社の見積もりが高いので、私の知人の会社で安くしてもらいました。」などと子供の悪口のようなことを言って得意がっている様子でした。総会の場でフェアではなかったこと指摘したところで、恨まれて今後の管理に影響するのは損なだけです。
 管理組合が自ら行う工事といっても、関わる法令や届け出、建物・設備機器への影響やランニングコスト、他の工事との日程調整、点検業者への変更連絡、居住者への周知、問合せ対応など、結局は管理会社が監理しなければならず、ご自由にどうぞというわけにはいかないのが現実です。
 改修工事など無料で計画提案をさせて、毎回当て馬として使われ、工事は別の業者に発注し、トラブルがあれば管理会社に尻ぬぐいをさせるような管理組合は、管理会社から全く信頼されなくなります。
 こうなると組合は、契約上の最低必要限度のサービスしか受けられず、自滅の道を歩み始めるかもしれません。管理組合と管理会社は、お互い尊重しあって賢く付き合っていく方が長期的にメリットがあると思います。

 挿絵は文章内容とは関係なく、11月1日より太田記念美術館にて開催の「闇と光・清親・安治・柳村」展の紹介です。明治時代の夜景が得意な浮世絵師、小林清親、井上安治、小倉柳村のそれぞれ独特の世界を楽しんでください。

Latest
以前ここで紹介したことがあるゴッホの「ひまわり」の7作品の中、ロンドンのナショナル・ギャラリーに展示されている作品に、トマトスープをぶっかけるという事件がありました。

 ジャスト・ストップ・オイル(Extinction Rebellion=XR)と名乗る環境保護活動団体2女性が、「温暖化に対する政治的な決断」を要求、アートと命のどちらに価値があるかと訴える非暴力の直接行動ということらしいのですが???
 尚、スープはハインツ製の缶だったということですが、そこじゃないですね。w
 温暖化への反対行動起こすなら、まず中国の故宮博物院に入って同じことをやってみたらと思います。中国のCO2排出量は、米露印日の合計をも上回っていますので、中国政府が心を入れ替えて温暖化防止に素晴らしい効果があるかもしれません。555
  

1888年8月 
フィンセント・ファン・ゴッホ「ひまわり」

 自分たちこそ正義という割に、被害がないようにガラス張りの作品を選んでいるところが臆病者ですね、ただ目立ちたいだけのアホに見えます。
 上記の命とアート、どちらに価値があるかは比較できる次元ではないと思いますが、この作品は125.3億円の価値があるとされています。汚したりしたら親だって弁償できませんよ。
 松尾好朗

コメントを残す