マンション政策皆無の参院選

 参議院選が終わりました。「石破、総裁やめるってよ」とはならないようです。ww
 「都心のマンションが投資目的で外国人に購入されていることで、とんでもない価格上昇を招き、一般庶民には到底手が届かない価格になっている。」という問題提議があるものの、改善策を選挙公約として挙げている候補者は皆無のようでした。
 関連の問題に首相は、都内に住む必要ありますか?何のためのテレワークですか?などと論点ずらしの的外れなこと言ってましたね。www
 その前の都議選でも話題に上らなかったということは、マンションは票にならないということだと思います。ww

 たとえば住宅用4区画の土地があったとして、戸建ては4世帯しか居住できませんが、マンションでは同じ4区画の土地面積で1棟、階数を高く積めば、何十世帯もが居住可能です。

ボート上の女の子たち1881年

 マンションの土地建物について、いくつか税の減免措置がありますが、貴重な土地を高度に有効活用したマンションと、低層の戸建てのそれは地域、経済、社会への貢献度を考えた場合、税の負担割合を根本的に考え直す必要があると思います。
 マンションの規模にもよりますが、人口増加に伴い地域経済が潤い、マンションに備えられた街灯や防犯カメラ設置等による地域貢献、敷地の一部を公園(空地)として提供、敷地の緑化、災害時においてマンション集会室等の避難所の開放、なにより新しい人々が居住することによる地域(商圏)の活性化(購買人口の増加)があります。

カバノキの下1881年

 土地も建物もすべてが自分のモノ(所有物)である戸建てに比べ、マンションの土地は持ち分割合のみで、建物と分けて土地だけを売買することもできません。建物については、共用部分である鉄筋コンクリート等に囲まれた空間を使用できる権利を所有しているだけです。

 選挙でマンションを票田と期待するならば、マンション居住者1戸につき毎月ウン万円の「都市の土地利用協力金をバラまきます。」と公約すれば少し票が稼げるかもしれません。ww

1884海岸で遊ぶ男の子たち

アルベルト・エデルフェルト『洗濯女』1893年 エルミタージュ美術館

日本全国のマンション
・マンション総戸数は約704.3万です。(2023年)
・×2.2人(1世帯)=約1,500万人超がマンション住まい
東京都のマンション
・マンション総戸数は202.8万戸です。(2024年)、37.5戸/棟
・都人口約1,400万人 ÷ 1.82人(1世帯)=約 770万世帯
・うちマンション世帯は、770万 × 25〜30%=190万~230万世帯
・マンション居住者数は、約340万~420万人
大田区のマンション
・人口733,634人、410,030世帯(2023年1世帯1.79人)
・3,522棟(2020年)のマンションがあります。34.7戸/棟
・マンション総戸数は、約12.2万戸
・マンション居住者は、約22万人以上

Latest
 タイとカンボジア国境を巡る紛争で兵士や住民に死傷者がでているため、Facebookにタイから多くのお見舞いのメッセージが発信され届いていました。
 世界の多くの地域で紛争により命が失われている最中、日本では、総裁やめないもーんという石破氏へ、なぜか野党がそれを支持するという報道が恥ずかしく、またタイ・カンボジア紛争の間に米国が入り、カンボジアは中国を引き入れ、マレーシアが仲裁役になり停戦合意されたと報道がありましたが、アジアのリーダーと自負していた日本政府は何も発せず、まったく頼りにされない現状が情けないですね。😿

 挿絵に登場したのは、このブログ内容に関係のないフィンランドの画家、アルベルト・エデルフェルトさんの代表作です。
 描かれた1881年から1894年の日本では、士族の反乱が抑えられ、1881年(明治14年)国会が開設、(明治22年)憲法発布、(明治27年)日清戦争、とこんな時代でした。
  1880年以降、象徴主義と呼ばれる画家たちが中心に活動がありました。ボナール、ベルナール、モロー、ルドン、クノップフたちが中心で、ロートレック、ミュシャ、クリムトもこの主義に影響を受けています。
 象徴主義は、何らかの手段(象徴)を用いて、目には見えない感情・観念・神秘・夢・精神世界などを表現しようとする思想・スタイルです。

生まれ故郷のフィンランド、ポルヴォーの風景

以上
松尾好朗


 

残念なデザインその後

 以前、「街で見かけた残念なデザイン」を投稿しました。
 国道の車路と歩道を分けるガードレールには、ひも状のモノ(バッグ類、水筒、イヤフォン、パーカーのヒモ、キーホルダー等)が上部の鉄パイプが狭くなっているところに挟まり、ぶら下がっています。
 引っ張っても取れなくて、泣く泣く放棄したという、ガードレールには罪もない多くの歩行者の悲しい歴史が刻まれているのです。www
 のちにその狭くなるところに金物を溶接したタイプに改良されたので、それには挟まれることはなくなりましたが、まだ残る初期の古いタイプには写真のように現在、黒いテープが巻かれています。

 まさかハイこれでおしまいではないと思いますが、これに挟まれ防止の金物等が取付けられる予定なのか、フェンス丸ごと交換するのか(多分、予算は無い)今のところ分かりません。黒テープは加工または取付位置を指示する意味だと思います。  

 公共デザイン(特に遊具等)には安全性が強く強く求められています。そのため、あまり冒険したデザインは見ることはありません。
 ここで取り上げた国道のガードレールは、何万か所も設置実績があるのですから、「隙間に歩行者の持っている”ひも状のもの”が挟まる事故が起きています。」と初年度から報告が上がっていたと思います。
 想像ですが、国が発注するほどの建築事務所の大御所先生が設計して、国交省のエライ人が承認したこのガードレールのデザインは、もうだれも文句が付けられません。
 ましてや役所の担当者が出世をあきらめ欠陥を指摘するようなことはしないと思います。
 しかし結局は、被害が多くなってから税金でその大先生のやらかしの尻拭いを国民が負うことになるのです。

 最近では隈研吾氏が設計の公共施設の建物木部(構造ではなく仕上げ)があちこちで朽ち始め、ある建物はアルミ製のモノに交換するという報道がありました。
 契約の内容は分かりませんが、この何億円にもなる改修費用も税金からとなると、プロが集まって一体何やってたの?と言わざるを得ませんね。

 有名建築家の設計した建物を絶対神として神格化してしまう地方の焦りと限界を感じます。
 ある地方県のトリエンナーレ(国際芸術祭)に大金(税金)をつぎ込んだ割には、田舎者の独りよがりのイメージですので、背伸びをせずに地元出身のアーチストや建築家を発掘デビューさせるなど、適正な判断を望みたいものです。

 ガードレールのデザインの欠陥をマンションの平面プランに置き換えた場合、鋭角に狭くなっている場所は、埃溜まりになるだけで使い道のない空間(デッドスペース)になりがちです。家相で言えば、魔が抜けられない大凶の相と出る場所です。
 具体例があります。平面的に見てマンションの外壁のラインと建物前面道路のラインが平行ではない場合、道路に合わせた花壇のラインと建物の間に中途半端な隙間ができる場合があります。
 なぜ花壇を建物にくっつけないかの理由は、基礎の深さが違う(建物基礎に比べて花壇などは浅い)ので、接合部があれば経年の地盤沈下で必ず段違いが生じるため、最初から分離しておきます。
 その隙間は、清掃がし辛く植栽の陰で湿気た空間になっています。
 このマンションは駅が近く飲食店やコンビニが並びにある環境ですので、その隙間(歩道から花壇の植栽越しで見えにくい)には、酔っぱらいの吐瀉物、小便、タバコの吸い殻、弁当の残飯、中身が残った缶ビール類などにより毎日毎日ごみ溜めになっています。
 凶を呼び込む鋭角の場所は作ってはいけませんね。大御所の諸先生方は先哲に学んでください。ww

オランジュリー美術館

メトロポリタン美術館

オルセー美術館

 三菱一号間美術館で開催中の「 ルノワールとセザンヌ、モダンを拓いた2人の巨匠」展に行ってきました。日曜日だったのでやや混みでしたが、絵画までの距離が近くて、展示数が少なめの割にはおなか一杯の気分です。
 以前もこの3作品をここで紹介いたしましたので、興味のある方はどうぞ。ここでは1点(オランジュリー美術館)と対面できました。

松尾好朗