残念なデザインその後

 以前、「街で見かけた残念なデザイン」を投稿しました。
 国道の車路と歩道を分けるガードレールには、ひも状のモノ(バッグ類、水筒、イヤフォン、パーカーのヒモ、キーホルダー等)が上部の鉄パイプが狭くなっているところに挟まり、ぶら下がっています。
 引っ張っても取れなくて、泣く泣く放棄したという、ガードレールには罪もない多くの歩行者の悲しい歴史が刻まれているのです。www
 のちにその狭くなるところに金物を溶接したタイプに改良されたので、それには挟まれることはなくなりましたが、まだ残る初期の古いタイプには写真のように現在、黒いテープが巻かれています。

 まさかハイこれでおしまいではないと思いますが、これに挟まれ防止の金物等が取付けられる予定なのか、フェンス丸ごと交換するのか(多分、予算は無い)今のところ分かりません。黒テープは加工または取付位置を指示する意味だと思います。  

 公共デザイン(特に遊具等)には安全性が強く強く求められています。そのため、あまり冒険したデザインは見ることはありません。
 ここで取り上げた国道のガードレールは、何万か所も設置実績があるのですから、「隙間に歩行者の持っている”ひも状のもの”が挟まる事故が起きています。」と初年度から報告が上がっていたと思います。
 想像ですが、国が発注するほどの建築事務所の大御所先生が設計して、国交省のエライ人が承認したこのガードレールのデザインは、もうだれも文句が付けられません。
 ましてや役所の担当者が出世をあきらめ欠陥を指摘するようなことはしないと思います。
 しかし結局は、被害が多くなってから税金でその大先生のやらかしの尻拭いを国民が負うことになるのです。

 最近では隈研吾氏が設計の公共施設の建物木部(構造ではなく仕上げ)があちこちで朽ち始め、ある建物はアルミ製のモノに交換するという報道がありました。
 契約の内容は分かりませんが、この何億円にもなる改修費用も税金からとなると、プロが集まって一体何やってたの?と言わざるを得ませんね。

 有名建築家の設計した建物を絶対神として神格化してしまう地方の焦りと限界を感じます。
 ある地方県のトリエンナーレ(国際芸術祭)に大金(税金)をつぎ込んだ割には、田舎者の独りよがりのイメージですので、背伸びをせずに地元出身のアーチストや建築家を発掘デビューさせるなど、適正な判断を望みたいものです。

 ガードレールのデザインの欠陥をマンションの平面プランに置き換えた場合、鋭角に狭くなっている場所は、埃溜まりになるだけで使い道のない空間(デッドスペース)になりがちです。家相で言えば、魔が抜けられない大凶の相と出る場所です。
 具体例があります。平面的に見てマンションの外壁のラインと建物前面道路のラインが平行ではない場合、道路に合わせた花壇のラインと建物の間に中途半端な隙間ができる場合があります。
 なぜ花壇を建物にくっつけないかの理由は、基礎の深さが違う(建物基礎に比べて花壇などは浅い)ので、接合部があれば経年の地盤沈下で必ず段違いが生じるため、最初から分離しておきます。
 その隙間は、清掃がし辛く植栽の陰で湿気た空間になっています。
 このマンションは駅が近く飲食店やコンビニが並びにある環境ですので、その隙間(歩道から花壇の植栽越しで見えにくい)には、酔っぱらいの吐瀉物、小便、タバコの吸い殻、弁当の残飯、中身が残った缶ビール類などにより毎日毎日ごみ溜めになっています。
 凶を呼び込む鋭角の場所は作ってはいけませんね。大御所の諸先生方は先哲に学んでください。ww

オランジュリー美術館

メトロポリタン美術館

オルセー美術館

 三菱一号間美術館で開催中の「 ルノワールとセザンヌ、モダンを拓いた2人の巨匠」展に行ってきました。日曜日だったのでやや混みでしたが、絵画までの距離が近くて、展示数が少なめの割にはおなか一杯の気分です。
 以前もこの3作品をここで紹介いたしましたので、興味のある方はどうぞ。ここでは1点(オランジュリー美術館)と対面できました。

松尾好朗

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