ルーフバルコニーの柵の外周管理(その2)

 2023/5/28(日)開催、マンション管理に関わる無料相談会のご案内はこちら

 以前にルーフバルコニーの柵の外周管理2020.2.3という題で投稿しました。私の駄作ブログの中で閲覧数が多い記事の一つです。(その2)として他の実例を紹介します。
 「標準管理委託契約書」をそのまま採用している管理会社は、ルーフバルコニー外周の具体的な管理仕様と費用負担については明記せずに契約していると思います。
 通常のバルコニー(ベランダ)では、その専有部分に居住する者(占有者)が日常の管理を行い専用使用することになります。
 排水管は上下階とつながっていますので、落ち葉やゴミで詰まらないようにバルコニー内の排水口を清掃をするとか、鳩の営巣や避難ハッチ下に障害物を置かない等、放置すると他へ迷惑をかけてしまいますからね。
 ルーフバルコニーの場合は、柵の外周に排水溝、排出口、パラペット(壁面の立ち上げ部分)等があります。外周には安全柵等はなく危険なため、一般の人は立ち入れません。

 管理組合を通して居住者からルーフバルコニー外周の清掃依頼があり、そこではプランターから流れ出たと思われる土砂と枯れ葉、ゴミ等が混じりあって排水口がふさがれ、写真のように雑草というより低木がしっかり根を張って成長していました。
 種子が風か鳥のフンで運ばれたのか、放棄した鉢植えの生き残りなのか分かりません。

 おそらく、この排水管の下のエルボ(縦の管から横の管へのつなぎ)には砂が硬く詰まり、排水不良を起こしていると想像できます。また、この草木の根っこまで力で引き抜くと防水層を破いてしまいそうです。
 管理委託契約書には、管理事務の対象として「専有部に属さない建物の部分」と記載されています。つまり専有部分以外のすべてが、管理対象になります。そのためルーフバルコニーの柵の内外いずれも管理の対象となり、内側は専用使用、外側は他の共用部分と同様に通常の管理を実施するところの委託契約書の範囲と考えられます。
 トラブルを避けるためには、委託契約書の仕様には、外周管理の仕様と費用負担の有無について明記する必要があります。
 定期的に管理を実施していれば、防水被膜と排水の状況の確認や部分補修ができるので、下階へ突然の漏水事故等は防ぐこともできますね。

ピエール・ド・ブレ《ブルターニュの女性》 1940年 カンペール美術館

 ある管理会社では年に1度、ルーフバルコニーの点検清掃の実施日時を通知・掲示して、委託契約とは別に受注しています。その場所が居室の前を横切ったり、専有部分を通過する場合もあります。
 実施費用は作業内容や面積によりますが、危険な高所作業になる場合は2名以上の、相互監視をして安全装備での作業が正しいでしょう。

 契約書等に「費用は別途」と明記されていない場合は費用請求ができないため、管理会社によっては、高齢の管理員一人で柵外の清掃や雑草取り作業の高所危険作業を指示している例を見かけます。
 管理員が危険場所の作業中にマンション裏の隙間などに落下して数日経過…最近姿が見えませんね、ということになりかねません。

 死人に口なしで、「管理員が勝手にやったことなので、管理会社は一切の責任は負いません。」なーんてことで済まされるかもしれません。
 私は屋上などの高いところが好きなア方なのですが、屋上炎天下のしゃがみ作業で立ち上がったらクラットットとなった経験があります。その高い屋上から他のマンションを覗うと、全く放置されていることが多いですね。

ポール・セリュジエ《さようなら、ゴーギャン》  1906年 カンペール美術館

 費用は別途としなければ、請求ができないどころか外注したら赤字になってしまうので、管理会社は積極的に管理組合には提案しません。
 費用が出ないからといって管理員へ押し付けるのはやめましょうね。


 5/3 新宿のSONPO美術館に行ってきました。
 フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホの「ひまわり」が常設されています。  
 珍しく「館内撮影可」でした。特別展は仏ブルターニュ地方で活動していた画家たちの作品です。ゴーギャンはタヒチに渡る前、この地で作品を残しています。
 挿絵は同地のカンペール美術館の3点です。

7つの「ひまわり」の記事はこちらへ。

 同行者が仏文学、仏語が堪能な方でしたので、絵画の中に見られる文字の解釈や、時代と地方の風俗・文化・歴史とのリレーション等の解説をいただき2倍楽しめました。
 絵画の専門家でなくても、他分野で極めたものがある人は、どこかで繋がる共通点が多く、鑑賞の幅が広いのだと思います。
 いまさらながら、もっともっと色々な勉強をしておくべきだったと後悔しています。

 館内はやや混み程度でしたが、真ん前のベンチに座って、幅76㎝×縦1mの大きな「ひまわり」を堪能できました。
 誰でもうまく写真が撮れる時代になりました。しかし私が撮った「ひまわり」は今や死語の「ピンボケ」で残念。

 2つの謎
 越中生まれの安田善次郎は、丁稚奉公を経て幕府御用の両替商で富を築きます。1887年には保険会社を設立、営業開始は翌年の1888年(明治21年)でした。
 設立からちょうど100年後の1987年(昭和62年)、当時の社名「安田火災海上保険」が英クリスティーズのオークションで、この「ひまわり」を約53億円で落札しました。

リュシアン・シモン《じゃがいもの収穫》     1907年 カンペール美術館

 バブル景気真っ盛りの頃、購入したのは設立100周年の記念事業だったのか、偶然100年なのか謎です。
 もう一つ、善次郎が保険会社の営業を開始した1888年、まったく同じ年にゴッホはこの「ひまわり」の絵を描き始めました。135年前のことです。これもまた、元祖「損保ジャパン」と同じ年の「ひまわり」にこだわったのか、全くの偶然なのか謎が残ります。
 これらの2つの謎をSONPO美術館に訊ねてみたいものです。
 松尾 好朗
 
 

区境いを越えて

 会に大田区という地域名をつけていますが、私を含め会員は大田区内に限って活動をしているのではなく、区外、近県にまで活動範囲が及びます。まだ海外はありません。(笑)

①最初のひまわり
フィンセント・ファン・ゴッホ
1888年8月
②芦屋のひまわり
フィンセント・ファン・ゴッホ
1888年8月 

 先日、大田区ではなくて都内一等地に建ついわゆる高級マンションの管理組合からご連絡をいただきました。
 現在委託している管理会社から委託料等の値上げ要求があり、これが妥当なのか、管理組合では判断が難しいため全体収支を含めた見積査定の依頼でした。

 その後、数社の管理会社から委託料等の見積を受け、比較検討の結果、管理会社を変更するところまで漕ぎ着けることができました。
 以前もこのブログで書いたことがありますが、会社変更や点検回数を減らしたりで金額を下げ、報酬を受けてからは何があっても知らぬふり(又は別料金)という下げ逃げをする管理士がいます。
 しかし、変更後の新しい管理会社が軌道に乗るまでは責任があると思いますので、アドバイスを続けさせていただく予定です。

 前回の続きで夏の花「ひまわり」です。
 ゴッホは南仏のアルルを仮想日本として、黄色い家に招待したゴーギャンを待ち焦がれていた間、部屋に飾る「ひまわり」を描き始めました。彼の心が充実してもっとも幸せな時代だったと考えられます。

 ①1888年8月、最初に描いた3本のひまわりです。
 ②同月の作品、武者小路実篤が計画していた白樺派美術館の目玉をパトロンである実業家の山本小彌太にに依頼、現在価格換算2億円で購入(゚Д゚;)、戦争中は他の絵画は疎開できましたが、芦屋の家の壁に固定していた「ひまわり」は空襲で家と一緒に焼失してしまいました。残念です。

③ミュンヘンのひまわり
1888年8月
④ロンドンのひまわり
1888年8月
⑤SONPO美術館のひまわり
1888年12月-1889年1月


 ③ノイエ・ピナコテーク(ミュンヘン)蔵、同月3番目に描きました。黄色い家の壁紙の水色がバックで花の黄色と補色関係になっています。心が安定しているような色と構図です。
 ④ナショナル・ギャラリー(ロンドン)蔵、8月だけで4枚目のひまわり、花もバックも台も黄色系です。花の本数も12本から15本に増えています。いわゆるゴッホらしさが見えてきました。
 ⑤SONPO美術館(旧東郷青児美術館)、1987年のバブル期に安田火災海上が58億円で落札、世界中から贋作といわれましたが、真筆であることが証明されました。
 耳切り事件の直前に描かれたもので、④以上にゴッホらしい心の高揚が見えます。
 閑散としていた美術館がこの1枚で行列ができました。

⑥アムステルダムのひまわり
1889月1月

⑦フィラデルフィアのひまわり
1889年1月

 ⑥耳切り事件の後に⑤を模写、現在ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)で門外不出になっています。
 ⑦ミュンヘン③を模写したものです。

松尾好朗