Aマンションを含めた駅周辺の市街地再開発が計画されています。
3~4年後にはマンションを明け渡して建物を解体、そこに新築のタワーマンションに7~8年後に戻ってくる(または他の選択)というスケジュールが進行しています。
今年度中に都市計画決定、権利変換のモデルが示されると、いよいよ計画の現実味が帯びてきます。
Aマンションは築40年、耐震改修の検討(前面道路は緊急輸送道路指定外)及び、第3回目の大規模修繕の検討時期ですので、この市街地再開発計画がなければ、独自で大規模修繕計画を練っていた頃だと思います。
ピエール=オーギュスト・ルノワール
ピアノを弾く少女たち(ピアノに寄る娘たち)1892年



外部から窺うと、新築マンションに戻って来られること、明け渡し後の仮住まいと引越し等の経費は一定金額まで自己負担がないこと、階数や広さは自由に選択できないもののタワーマンションに居住(を所有)できることなど、良いこと尽くめのように見えてしまいます。
しかし、当事者たちは準備組合から報告されるスケジュールがすでに遅れがちであること、(戻ってくる場合)7~8年後さらに遅れた場合の自分の年齢や家族の状況、権利変換の結果(部屋の広さ等)の財産価値、希望の広さを求める場合の上積金額、竣工・入居時の経済状況、個人も地域全体も漠とした不安が大きくなりつつあるのも否定できません。

1883 アリーヌ

1883 シュザンヌ
私は、Aマンション築年数を考えるとこの計画は大歓迎しています。
単に建物の補修だけではなく居住性を高めるための設備の導入や、時代に合った資産価値の向上を含め、建物を健全に維持するためには修繕費用が今後さらに必要になります。
何よりも、築年数を重ねると建替えの検討を始めなければなりません。
Aマンション単独での建替え、容積率の緩和がない現行法(つまり売却できる増床面積が確保できない。)では事業にならず、敷地の売却費用を建物の解体費に充て終了となってしまいます。
自主管理のAマンションはマンション管理士(私)がアドバイザーの立場で管理組合をお手伝いさせていただいてます。
この市街地再開発計画の続報を期待してください。


文章の途中にピエール・オーギュスト・ルノワール Pierre-Augustê Renoir(1841-1919)の絵を貼り付けています。
印象派の大御所ですが、画家としての不遇な時代も長く、普仏戦争にも召集されています。
1892年ピアノ3作は晩年の彼の最も充実した時代の作品です。
オルセー美術館の1点は、政府御買上作品になっていますが、緑系のバック(カーテン)に補色の赤(オレンジ)のドレスの少女を立たせ、その手前の色はもう白(ドレス)しかありませんが、締めるためにウエストに青いベルトを巻いています。ベルトの対角に青の花瓶もしっかり描き、顔色の良い健康的で跳ねるような子供を2人配置し、豊かな上流社会の風景を描いています。貧しくても、ひととき辛いことを忘れてしまいそうな絵に仕上がっています。
3作の他にもピアノを描いた作品を残しています。労働階級に生まれた彼が、当時上流社会の象徴であったピアノに強く固執していたのかもしれないですね。
最後にモーリス・ユトリロの作品を1枚貼り付けます。

パリをよく知っている人はおなじみで嬉しくなる風景ですね、モンマルトル界隈の画家が地方出身が多い中、ユトリロは生粋のパリっ子です。アル中療養のために始めた油絵ですが、哀愁を感じるパリらしい風景を多く残しています。
上のダンス2部作の内、「田舎のダンス」の女性アリーヌさんは、後にルノワールの奥さんになる女性で、ふっくら健康的でルノワールの好みだったのでしょう。
「都会のダンス」の女性シュザンヌさんはルノワールの元カノで、このモンマルトルの街を描いたユトリロの母親です。
シュザンヌさんは女流画家であり、奔放な女性でルノワールの他にもロートレックやドガのモデルをしていた上に交際もしていましたので、ユトリロの父親が誰なのか分かりません。
シュザンヌさんは、ようやく息子のユトリロが画家として成功し、その稼いだお金を若い男に貢いで逃げられています。
恋多き女性ですね。
松尾好朗
