マンション名の掲示今昔


 その昔、マンション販売会社は10階程度の建物でも、屋上塔屋や高置水槽の囲いにマンション名とその販売会社名の広告看板を自信満々デカデカと掲げていました。
 今では ”これマジっすか?” というセンスのない看板でも、その当時は新時代に選ばれた人の誇り高きステータスシンボルでした。羨望の的であり、そびえ立つ威容は町のどこからでも沿線鉄道の中からも見ることができて、地域のランドマークの役割を果たしていました。
 今でこそネーミングもロゴタイプもいかにも昭和丸出しですが、長く住んでいる人には馴染んで風景にも溶け込んでいるのでしょう。すでに存在しないデベ会社名を掲げていることもありますけど関係ないようですね。

Tableau I, 1921_by_Piet_Mondriaan

 今では屋上塔屋(エレベーター機械室)や高置水槽(給水タンク)は設備構造の変化によりみられることが少なくなりましたが、10階建て程度がちょうど看板を掲げるのに適している高さでした。タワーマンションの屋上では高すぎてだめなんです。

 最近ではマンション名を探すのも苦労することがあります。エントランス付近の壁面に英文字のステンレス切り文字や、カフェのようにガラス面にサンドブラストかエッチングを見つけてようやく確認できます。

 銘板風で金属に堀文字が流行った時もありました。これはもう古臭い感じを受けますしメッキが剥がれているのを見かけます。銘板ではないのですが、ヒット商品「関係者以外立入禁止〇〇管理組合」という地置きの看板も品が無く採用されません。というか効果もなし意味もなしが理由です。

 7月9日安倍元首相が亡くなられ、キューバや台湾などでは公共施設で半旗を掲げる布告がされ、プーチンさんやタリバンからの弔電も紹介されていました。
 あるマンションのエントランスにも半旗が掲げられていました。このマンションは祝日には国旗、門松から始まり五節句とクリスマス等にはそれぞれの飾り付けがされています。子供を育てるには良い環境でしょう。
 最近では見られなくなった昭和の古き良き風景が新鮮でした。そういえば、祝日はハタビって言いますね。

 国旗(日の丸)で思い出すことがあります。私は中学生で下手くそながら剣道部に入りました。そこでは部員全員が、体育館に掲げられた日の丸に向かい、正座し礼をしてから練習を開始するのが日常でした。
 そんな頃、メーデー明けすぐの授業のこと、教師は開口一番、日の丸なんかを拝んでいる剣道部の奴らは胸くそ悪いからずっと下向いとけ、と中学2年の生徒数名を相手に怒鳴り散らし、わけワカメ???状態でショックでした。

赤・青・黄のコンポジション, 1930Piet_Mondriaan

 そして次の時間の教師は、先生は聖職か労働者か言ってみろと生徒に質問をぶっつけるのです。労働者はともかく、生徒はセイショクという言葉に敏感なお年頃なので、教師の意図とはかなり違う方向で想像力を膨らませ、クラス全体がざわついていました。
 メーデーで何を聞かされたのか、すっかり洗脳され気持ちを高揚させてしまう田舎の公立中学校の教師はこんなレベルでした。当時、教員の日〇教職員組合への加入は9割の時代です。ただ、先生が休み(組織活動)が多いので生徒はいつも大喜びしていましたね。教師も生徒もアホばかりでも、時代は勝手に勢いよく動いていました。
 私は教師から嫌われていたその剣道部で膝を痛め、治療のため通院していました。その病院の息子とその後、私立の高校で3年間同じクラスでした。現在彼はそこで医院長をしています。私は今でも膝が痛くなると日の丸と通院の日々を思い出し、日の丸を見ると膝が軽く反応します。
 私は高校では勉強はともかく、個性をよく認めてくれていましたので、ずっと下を向く必要などありませんでした。そして教師の一部は神父様でした。

Composition No. 10 (1939–42), 油彩
Piet_Mondriaan

 マンションという横文字が大邸宅を意味するのはご存じの通りですが、日本のマンション創世記のネーミングは、今では気恥ずかしい響きを持ったものがありますね。
 開発、販売会社の社長が欧州の建物、生活にあこがれを抱き、少しでも近づこうと頑張った気持ちの表れだと思います。

 私が一時期、暮らしていた賃貸ボロアパートは”ベルメゾン”という名前が頭についていました。外国人の知り合いがフランス人風に発音して、よくからかわれました。

 ネーミングの今昔は別の機会で紹介したいと思います。

 挿絵は、ピエト・モンドリアンの「コンポジション」シリーズです。
 オランダの画家です。
 1920年から「新造形主義」という水平垂直線、原色と無彩色の組み合わせ、幾何学的表現をする美術理論を提唱し、後の工業デザイン、建築などにも影響を与えました。
 その1920年(大正9年)は、日本で初めてメーデーが開催された年です。
 松尾好朗
 

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